「ポー・シャドウ」マシュー・パール

エドガー・アラン・ポーが死んだ。彼の文学をこよなく愛し、文通もしていた弁護士クウェンティン・クラークは、不可解な「最後の五日間」の真相を突き止めようと決意。名探偵デュパンのモデルと思しき犯罪分析の天才デュポントの協力を仰ぐべくパリに渡る。だが、自分こそ本物のモデルだと主張する“デュパン男爵”が現れ…。『ダンテ・クラブ』の著者が放つ瞠目の歴史スリラー。

私がまだ幼稚園児位だった頃、寝る前、母親に本を読んで貰うのが日課だったことがあった。
だいたいは姉の持っていた世界童話全集みたいな絵本を読んでもらうのだけれど、それに飽きたのかどうか、偶には怖い大人の本でも読んでくれとせがんで読んで貰ったのが、『モルグ街の殺人』や『黒猫』といったエドガー・アラン・ポーの小説だった。
正直、幼稚園児の頭では話の内容がどれほど理解できたのか怪しいもので、ただ挿絵にあった黒猫が怖かったのと、エドガー・アラン・ポーの肖像がやけに優等生っぽい感じだったのが印象に残っていた。

その後何年かして、江戸川乱歩に夢中になった挙句にエドガー・アラン・ポーを再読することになるのだけれど、『黒猫』や『黄金虫』には多少興味をそそられたものの、名探偵デュパンが登場する『モルグ街の殺人』は世の中が絶賛するほど面白いとは思えなかった。

この本の主人公クウェンティン・クラークに対しても、その時とまったく同じ感覚を覚えた。
このアメリカ人はエドガー・アラン・ポーの死にいきなり謎が隠されていると頭に血を上らせて、謎の解明に奔走する。……そこから導き出された結論には、アメリカ文学界が抱える謎に迫るものがあったのかも知れないが、日本の一読者の私には、そもそもこのクラーク君が何ゆえそんなに夢中になり、何ゆえそんなに固執しなければならないのか、という心情が全く分からず、寧ろ謎なのはクラーク君の脳みそに他ならなかった。

後書等を読んでみると、この本で描かれたエドガー・アラン・ポー最後の五日間の真相は全く新しいものであり、作者が研究の末にその仮説を考えたとある。
そうした学問的な内容を小説の形式にして世に広く問うというやり方は、非常に好ましい。……であるがゆえにこそ、もっと上手に物語を書いてください、と頭を下げてお願いしたい。

ポー・シャドウ 上巻 (新潮文庫) ポー・シャドウ〈下〉 (新潮文庫)

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