「せきれい」庄野潤三

 四季を彩る庭の花、賑やかな鳥たちの訪れ、食卓を賑わす旬のもの、懐かしい歌とピアノの音色、善き人びとの去来……。変わるものと変わらぬもの。静かだけれど、本当に豊かな暮らしがここにある。子供たちが独立し、山の上のわが家に残された老夫婦が送る、かけがえのない日々を透徹した視点で描く傑作長編。

読書にも、縁というものがあるわけで、恐らく、私が今ここに越してきて住んでいなければ、庄野潤三という作家、この「せきれい」という本にそれ程夢中になることは無かったと思う。
冷静に読めば、老人の淡々とした日常を日記のように繰り返しパラパラと綴っているだけのこの本に、どれだけの文学的価値があるのかは疑問である。
ただ、それが、うちのすぐ近所であり、ついこの前まで生きていた作家の書いた本だとなると、いろいろな意味が加わってくる。……それが縁なのだと思う。

買い物に行く近所のスーパー。駅付近の中華料理屋。隣駅の地名や自然の風景。どれをとっても馴染みのあるものばかりであり、そこにほっこりと生活していた老夫婦の日常が手に取るように思い浮かんでくる。
心残りなのは、この書を手にしていながら、庄野潤三死去のニュースが報道されるまで手にとって読むことが出来なかったこと。

週末の日課となっている、娘との散歩には、必ず山の上の庄野宅の辺りを通ることにしている。
この道を毎日散歩していた小説家の姿に思いを馳せながら。

せきれい (文春文庫)

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