「フィネガンズ・ウェイク」ジョイス

数千年の人類の全歴史を酒場の家族の一夜の夢に圧縮した抱腹絶倒、複雑怪奇な傑作の幕開き。

言葉には色があり、匂いがあり、それを別な視点で構築することで、新たな文学が出来上がる。それはカンバスに絵具をひとつひとつ置いていくことで、ひとつの絵具の色からは想像もつかないような絵画が出来上がるのと同様に……20代前半の私は、こんなことを夢想した。
そして、その夢想が失敗した形で結実したのが、この「フィネガンズ・ウェイク」の姿なのではないか、と思った。

繰り返し、“解説”に書かれているように、この小説は難解だ。
言葉ひとつひとつが全く別の意味を持ったり持たなかったり、意味自体を持たなかったり。そうした茫洋とした言葉の海を眺め渡し、ちょっと舟を漕ぎいれたところで、私は、
「これは日本語訳で読むべきものでは無かった。」
と、分かりきったことを後悔し始めた。
誤解を解いておくと、私の読んだ柳瀬尚紀訳「フィネガンズ・ウェイク」は、一般的に良い訳と言われており、私自身も、よくここまで日本語に訳せたものだと思う。
が、それをおいても、やはり「フィネガンズ・ウェイク」は原文をしっかり読み味わえる人間が、原文のまま読むべき小説だと思う。
正直、私は、「フィネガンズ・ウェイク1~4」を通読し、読破したものの、何ひとつ理解できなかったと断言出来る。ほんとうに“何ひとつ”である。
こうした話題性の高い文学を目のあたりにしていながら、何ひとつ理解できない、ということは誠に情け無い。
この本を理解するだけの時間も無く能力も無い今の自分が大変不甲斐ない、と思う一方、ただ、このように敷居の高い文学は、私にとって理想の文学ではありえないという思いがある。

フィネガンズ・ウェイク 1 (河出文庫) フィネガンズ・ウェイク 2 (河出文庫) フィネガンズ・ウェイク〈3・4〉

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