- August 13, 2009
- Category: BOOK
「ピカレスク 太宰治伝」猪瀬直樹
「井伏さんは悪人です」。太宰が遺書に書いた言葉の意味は何だったのか?親兄弟、友人知人を騙り、窮地に陥る度に自殺未遂を起こした太宰。その太宰を冷徹に観察し、利用した井伏。二人の文士は、ともに「悪漢」であった。師弟として知られる井伏鱒二と太宰治の、人間としての素顔を赤裸々に描く傑作評伝ミステリー。
今迄、作家の人となりについて、余り学ぶことはして来なかった。
作家について知るということは、只の文学史観的な勉強であり、小説を読み味わうということとは全く関係のない事柄-寧ろ、純粋に作品を読むことの障害になる……これは、学生時代から一貫している、小説に対する私の付き合い方である。
今回、偶々この本を本屋で見かけたこと。そして、太宰治という作家とは中学時代からの長い長い付き合いでもあることから、何となく、太宰治ってどんな人?という興味から読んでみている。
太宰治については、これまで懐いていたイメージと変わるところがない。狂言としての自殺と小説世界と作家自身の世界との乖離。
特にここ最近太宰治を読み進めた結果、思ったことでもあるけれど、「晩年」「グッドバイ」「二十世紀旗手」辺りの特徴的な破滅っぷりを太宰治らしさと捉える反面、「新ハムレット」「ろまん燈篭」「右大臣実朝」に見られるような、単純にストーリーテーラーとしての上手さこそ、小説として評価するべきだということを感じた。
特に、「道化の華」辺りの自伝的作品群と「人間失格」を対比する考えは、今迄時系列的に読んでこなかったこともあり、当たり前のことかも知れないが、目からウロコの感じであった。
併せて井伏鱒二についても色々と描かれている。
「黒い雨」は間違いなく戦後文学の金字塔であるが、その盗作疑惑について「増補」として綿々と説明を加えている。
その程度によりリライトという作業が“盗作”になるのか“参考”や“引用”になるのかということはあるのだろうが、正直私にとってはどうでもいい。
自分を含めた日本人が“オリジナル”に憧れたり、こだわる気持ちは、もう何となくうんざりで、いい加減、そんな価値観からは脱却して行きたいものだと思う。
……ここで文頭に戻ることになるが、井伏鱒二という作家がどうだろうと、「黒い雨」という小説の内容は変わらないわけで。


もみお(♂)


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