- August 13, 2009
- Category: BOOK
「惜別」太宰治
仙台留学時代の若き日の魯迅と日本人学生とのこころ暖まる交遊の描写を通して、日中戦争という暗く不幸な時代に日中相互理解を訴えた表題作。“アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ”敗戦へとひた走る時代風潮に対する芸術家としての自己の魂を、若き頃からの理想像、源実朝に託して謳う『右大臣実朝』。太宰文学の中期を代表する2編を収める。
学生時代の友人と久し振りに会い、飲みに行ったりすることがある。
当時は煙草を買う金もないくらい貧乏で、ひとに奢ってもらったり、どうやって安く飲むかを苦慮したりしていたものだけれども、社会人になると別にお金のことは気にせずに飲むことが出来る。
ようやく一息ついて昔の話をしたり、昔のようにバカなおどけ方をしてみたりしていくうちに、「お前も変わらねぇなぁ。」「相変わらずバカだなぁ。」と言われると嬉しくなったりする。
大して出世している訳でもなく、何とかサラリーマンをやれているというだけではあるけれど、ちゃんと自分のお金で好きに飲むことが出来るくらい成長したと実感する反面、やはり往時と変わらないことが、何故か嬉しく感じられる。
「惜別」には日本に留学していた頃の魯迅の姿が描かれている。
語り手である日本人学生と松島で意気投合し、他国に蹂躙されている自国-中国の明日を医学の発展で切り開いていきたいと気炎を吐く魯迅の姿が瑞々しい。
しかし物語は進み、時局が暗く重苦しい展開をするのと同じく、魯迅も瑞々しさを失い、交流もどこかぎこちないものへと変わっていく。
小説や映画であれば繰り返し読んだり観たりすることが出来るが、実生活は巻き戻しが出来ない時間の流れである。
その中で“変わらないこと”を尊いと思う気持ちは、抗し難い時間の流れに竿を刺す。
変わっていく魯迅の姿に、時間の儚さと哀しさを感じた。


もみお(♂)


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