- July 5, 2009
- Category: BOOK
「地図」太宰治
石垣島制圧に沸く琉球国を、祝賀のため訪れた蘭人たち。彼らが献上した軸物を見るや国王はたちまち顔面蒼白になった…。表題作「地図」をはじめ、「怪談」「花火」など同人誌等掲載の初期作品を通して、中学生津島修治から作家太宰治誕生までのドラマを読む特別篇。後年、太宰の筆と確認された「断涯の錯覚」や、文庫初収録の「貨幣」「律子と貞子」など文豪への出発点を刻印する作品群。
今の職場で仲良くなった同僚に青森出身の人がいて、私がこの本を読むにあたって何故か彼も一緒に太宰治を読み始めた。
初めて太宰治を読んだということで『太宰って、心の内面をドロドロと描写するねぇ。』と言い、「ヴィヨンの妻」に収録されている個々の短編の内容を話して聞かせてくれる。
そんな彼の話を聞くにつけ、私は10年20年前に読んだ「ヴィヨンの妻」の記憶を探りながら、瑞々しい気持ちで読んでいるなぁと当の彼を羨ましく思った。
私が近代文学と名の付くものを読み始めたのが夏目漱石の「我輩は猫である」……小学生位のころである。
当時はお金も持っていないので、図書館や親にねだって買ってもらう位しかなく、実際独りでで書店に行き、自らの小遣いで本を買うようになったのは中学生の頃。太宰治の「人間失格」が初めてであった。自身の不如意な状況と併せて読んだがために、“心の内面のドロドロ”が余りにもマッチし過ぎて、やがて本の虫のように読書ばかりする人間になっていった。
パブロ・ピカソという画家が居る。
有名なのはゲルニカなど、キュービズム的なデフォルメした絵で、パッと見、デッサンはぐちゃぐちゃだしただの落書きにしか見えないと言われても仕方がない。
しかしピカソはぐちゃぐちゃな絵しか描けないのではなく、実際に初期の作品などをみると、しっかりデッサンした写実的な作品もあり、物を描くという基礎をきちんとやってきたということがわかる。
太宰も太宰らしさのような小説もあり、それが故にワザと破綻した構成の小説を書いたりしているが、学生時代の習作にはきちんとした物語の手続きを踏まえた模範的かつ何の特色も見られない小説を書いている…ということが伺われるのが、この本である。


もみお(♂)


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