- February 23, 2009
- Category: BOOK
「神の子どもたちはみな踊る」村上春樹
1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる…。大地は裂けた。神は、いないのかもしれない。でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた―。深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。
阪神淡路大震災については、宮本輝の小説でも度々取り上げられている。
当時は神戸近辺は訪れたことも無く知人も居なかったためニュース以上の関心を持つに至らなかったが、宮本輝の小説で繰り返し阪神淡路大震災について語られるのを読むにつけ、イロイロと思うようになった。
宮本輝の阪神淡路大震災の扱い方は、飽くまでも常識的であり、新聞等で議論されるような内容のもの。……私のように阪神淡路大震災について余り関心を持って居なかったような人にも様々な問題意識を投げかけてくれるので、一般に流布される小説としてアリだと思う。
一方、この本でも阪神淡路大震災について触れられているが、上述の宮本輝とは明らかに温度差がある。
宮本輝に引き比べると、村上春樹は大震災の被害者には失礼に思われるくらいさらっと触れている。正直、読んでいて勇気あるなと思った。
しかし、「UFOが釧路に降りる」の主人公の妻が突然に家を出て行ったのは、一日中大震災のニュースをテレビで見ていたからではなく、それ以前から続いていた問題の過程に大震災のニュースがあったというだけのことである。
村上春樹がこの本のいくつかの小説の中で大震災について触れているのは、いずれも上記のようなスタンス、視点からであり、またそういう問題意識を投げかけているという見かたも出来る。


もみお(♂)


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